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テッド・チャン WHAT'S EXPECTED OF US「われわれに期待したもの」 全解説

テッド・チャン「WHAT'S EXPECTED OF US」は大森望氏が「予期される未来」というマヌケな題名でゴミ訳しましたが、みんなが思うのとはまったく違う小説なのです。

原文 〇ビ訳

予言機の中心部は、負の時間遅延回路だ。これは時をさかのぼって信号を送る。この技術の意味合いの全容はのちほど、負の遅延が一秒以上のものになったときに明らかになるが、それはこの警告が伝えるものではない。

われわれの世界には「負の時間遅延」の技術があるのです。過去へ信号を送れるのです。

わたしはこの警告を、きみたちのちょうど一年先の未来から送っている。

メッセージ主も未来から過去へ送信できるのです。どうもおなじような技術なのです。メッセージ主はなんかくわしいし、われわれの世界の未来の時刻から送ってきたように思えるのですが、さしあたって別の世界だとして、われわれの世界をR、送り主の世界をSとするのです。

残念ながら、このような推論は間違っている。あらゆる行動の形態は決定論と両立する。ある力学系は引きこみのくぼみにはまって不動点に巻き上げられ、別のものは永久にカオス的にふるまうが、どちらも完全に決定的だ。

どうも世界RやSは力学系のおなじ軌道をたどる一点のようなのです。おなじ軌道をたどる世界はなんであれ、おなじ時刻におなじ出来事がおきるのです。世界Rでこの小説が2000年に発表されれば、世界Sでも2000年に発表されるのです。乗っている世界が軌道から外れたり、ほかの世界が別の軌道から乗っかってきたりもしないのです。

さて、もし

  • 世界SがRの一年先の位置にあり、おなじ方向に進んでいる

のなら、二つの世界で起きることはおなじなのだから、世界Sより一年先を進む世界Tがあり、そいつがSにメッセージを送ってきたはずなのです。それならSはTからもらった未来の情報をいっしょにRに送ることができるのです。それをしなかったということは、仮定が間違っていたのです。そうすると力学系の定理から

  • 世界SはRと時間の進む向きが反対であり、メッセージの送信時にはSはRの一年先にいた
  • どちらが未来の時刻に向かって進む世界で、どちらが時間が反転した世界なのかを知ることは出来ない

ことがわかるのです。われわれの世界と送信者の世界は時間が進む向きが逆だったのです。これが「この技術の意味合いの全容」なのです。

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時間の進む向きが逆だといっても、意識の流れも逆なので、住民の考えることはわれわれとまったくおなじなのです。

世界Sが世界Rより時間の流れが速い、あるいは遅いことはないのか?もしそうなら二つの世界で物理学が違うものになるのです(これは物理学の事実なのです)。以上より、「われわれの世界と送信者の世界は時間が進む向きが逆だった」といえるのです。

 わたしはこの警告を、きみたちのちょうど一年先の未来から送っている。これは、百万秒単位の負の遅延回路が通信機器を構成するのに使われるときに受信された、最初の長いメッセージだ。他のメッセージが続き、他の問題を解決するだろう。

ここは一見妙ですが、「 百万秒単位の負の遅延回路が通信機器を構成するのに使われるときに」は世界Sの時刻で、「受信された」は世界Rの時刻なのです。一年は300万秒ちょっとなのです。これは世界Sが「最初に送信した」メッセージではなく、Rが「最初に受信した」ものなのです。世界Sは一年先より未来のある時刻からすでにメッセージを送っており、それはいまよりすこし未来の時刻にRに到着するのです。

 ♡

わたしのメッセージはこうだ。自由意志を持っているふりをしろ。きみたちの決定に意味があるかのようにふるまうことは本質的だ。たとえそうでないと知っていても。事実は重要ではない。

世界Rの人は「自分には自由意志がある」という信念を持つようになるのです。そうすると行動は「入力にもとづいて自分が決めた出力」になるのです。しかし「本当は自由意志を持っていない」と知っているので、そうすると行動は「入力にもとづいて物理現象が決めた出力」になるのです。この二つはつねにまったくおなじだから矛盾するのです。

矛盾を回避するには、出力が完全にランダムであり、一切入力にもとづかないものと考えればいいのです。予言機のボタンを押すのもランダムなのです。たまたまそういうタイミングで押しただけなのです。そうすれば自由意志も物理法則も一切関係ないのです。世界Rの人は自分たちの行動のすべては偶然の産物だという信念を持つのです。

さて、偶有性というのがあるのです。偶然のできごとに必然を感じさせられるものなのです。no whereとnow hereの偶有性が有名なのです。日常生活でも運命を感じたりするのです。これに先ほどの結果を当てはめるのです。Rの人は本当は自由意志がないため、自分の行動のすべては必然なのです。こちらは事実なのです。それゆえ彼が自分の行動を振り返ると、偶然だと信じている自分の行動に必然を感じさせられることになるのです。Rの人は自分の行動に偶有性を見出すのです。

偶有性は偶然が必然を感じさせるもので、必然が自分に先んじるのです。自由意志は偶然的な選択肢の中から必然的に一つを選んで行動するので、自分が必然に先んじるのです。似ていても順番が逆なのです。世界RとSの時間は逆向きなので、Rの人が偶有性で感じさせられた必然性は、おなじ現象でもSの人にとっては自由意志が選ぶ必然性なのです。世界Rの偶有性がみごと世界Sの自由意志になったのです。世界Sの人が手に入れたのは、自分に自由意志があると信じるに足る理由であって、自由意志そのものではないのです。これもまた信念にほかならないのです。

題名、というよりテッド・チャンのクイズの"WHAT'S EXPECTED OF US"は"WHAT IS EXPECTED OF US"とも"WHAT HAS EXPECTED OF US"ともとれるけど、前者は偶有性、後者は世界Sの住民が答えなのです。クイズの問題文がいちばん大事なのです。「予期される未来」はマヌケなのです。〇ビの訳題は「われわれに期待したもの(物、者)」なのです。パーペキ!

what's important is your belief, and believing the lie is the only way to avoid a waking coma.

ここは大森訳では、believing the lieを主語にして

重要なのはなにを信じるかだ。そして、目覚めたコーマを避ける唯一の方法は、うそを信じることだ。

 としてありますが、the lie is the only way to avoid a waking comaをbelieveするという句だとも解釈できるのです。〇ビ訳は

重要なのはきみたちが信じることだ。そして、覚醒している昏睡状態を避ける唯一の道は、そのウソであることの信念だ。

として

重要なのはきみたちが信じることだ。そして、覚醒している昏睡状態を避ける唯一の道は、そのウソであることの信念だ

重要なのはきみたちが信じることだ。そして、覚醒している昏睡状態を避ける唯一の道は、そのウソであることの信念だ

 のどちらにも解釈できるようにしてあるのです。これはひっかけで、この小説は前者が正しいのです。なぜならこのすぐあとに

とはいうものの、自由意志は幻想ゆえに、だれが無動無言症になり、だれがそうならないのかは、すべてあらかじめ決まっていることをわたしは知っている。

とあり、「覚醒している昏睡状態を避ける唯一の道」など存在しないことが明かされているからなのです。「大いなる沈黙」と違い、大森訳は間違いなのです。

そして、覚醒している昏睡状態を避ける唯一の道は、そのウソであることの信念だ

この部分は、実は小説においてなんの役目もはたしていないのです。ということは、これこそが著者の言いたかったことなのです。

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かばん:また会おうね!

サーバル:うん

サーバル:約束だよ

サーバル:かばんちゃん!

サーバルはかばんがもうじき黒くなって死ぬことを野生の感で知っているのですが、再会を約束するのです。サーバルがかばんをrememberすることで、ふたりが再会re-memberするという小さなウソが、ヒトと動物がふたたび仲間になるという巨大なre-memberと結びつく偶有性なのです。そしてサーバルがかばんとまた会えるという信念を持ち続けているかぎり、ヒトと動物は仲間でいるのです。「自分でついたウソを信じること」と「そのウソがしあわせへの唯一の道だと信じること」は、「けものフレンズ2」にかぎらずあらゆる悲劇と子供向けでない文学のテーマなのです。現実世界では、長くない病人に「きっとよくなるから」と言ってはげましたりするのですが、とりわけ信仰がこれなのです(ニーチェの「聖なるウソ」はたぶんこれ)。それが

文明はいまや自己欺瞞の上に成り立つ。たぶんずっとそうだったのだが。

 なのです。いつものテッド・チャンだったのです。大森訳の

自由意志を持っているふりをしろ。たとえそうではないとことを知っていても、自分の決断に意味があるかのようにふるまうことが最も重要だ。現実がどうなのかは重要じゃない。重要なのはなにを信じるかだ。そして、目覚めたコーマを避ける唯一の方法は、うそを信じることだ。いまや文明の存続は、自己欺瞞にかかっている。いやもしかしたら、昔からずっとそうだったのかもしれないが

この三か所は、〇ビは「本質的」「事実」「上に成り立つ」としたです。比較して最も重要ではないのだから「本質的」なのです。ウソの反対だから「事実」なのです。宗教は文明の基盤だから「上に成り立つ」なのです。だまされてしまうと、リサイクルできる部分はあっても、分別のほうが新規訳より手間がかかるゴミになるのです。こんなビミョーなのいちいち分別してられないのです。

この小説は文学と科学の謎解きが融合しているのです。

  • ごく初歩的な力学系
  • 物理学の時間反転対称性
  • 偶有性

の知識が要求され、文系にも理系にもキビシイのは事実なのです。なのですが…

Tech Crunchの記事

Extra Crunch寄稿者であるEliot Peper(エリオット・ペパー)は、ときおり寄せるフィクションレビューに、チャンの解決策の中に示された、彼のお気に入りの一節を取り上げている。

(大森望訳の引用)

現実のベールの背後にある緻密な決定論を科学が明らかにして行く中で、より良い未来を築くためには、その反対を信じることがますます重要になる。自由意志への信念は、参政権を持つことと同じだ。それは私たちの人生をかたちづくる目に見えないシステムに立ち向かうために、変化の機会を生み出し、私たちを刺激する希望の火花なのだ。

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ペパーはこの物語の核心的なメッセージを捉えているが、率直に言って、自己欺瞞を続けるのは簡単ではない(自分の製品について投資家を説得しようとしたことがある、完璧に自信がないスタートアップ創業者なら、そのことを教えてくれるだろう)。「すべてが重要なものではないというふりをする」と言うのは1つのやり方だが、もちろん実際には重要なことはあるし、誰もが本質的にその欺瞞を認め理解している。それは物事を成し遂げるために人為的な締め切りを設定するような、まやかし的自助努力のようなものだが、まさにその非常に人為的な点であることこそが、効果が出ない理由なのだ。(中略)

つまり、実際にすべてが事前に決定されていた可能性があるのだ。人生のすべてを変えることはできないのかもしれない。それでも、私たちは生きている限り前進するつもりだし、すでに決められている行動であったとしてもそれを行うつもりだ。おそらくそのためには、自己欺瞞となんとか折り合っていく必要があるだろう。あるいは、そもそも行為を選択できるかどうかに関係なく、目の前のアクションにひたすら一所懸命に取り組めばよいだけなのかもしれない。

小説を読んで自分の都合のよいように考える連中には困りものなのです。参政権も投資家もぜんぜん関係ないのです。くだらない連中はくだらないウソしかついたことがないのです。真摯な信仰もなければ他人を思いやってウソをついたこともないのです。