遠藤淑子の『空のむこう』は、同名短編集の表題作です。『スノウ』と同様、ていねいに読むと想像を絶する話です。内容紹介はせず、読んだ人向けの解説です。

表紙の女性はヒロインのエーディンだと思われますが
結婚したとき(18歳)より大人びています。 つまり彼女は閉じ込められたわけではありません。彼女の意志で一人でいるのです。

ルーフ国王は世界を支配したいようです。

「行けるとしたら--」で話が打ち切られ、この話題は二度と出ませんが、ヒントになっています。ダグザは答えようとしているのだから、常識的な答えのはずです。

ギャグで落としていますが、一緒のフトンに寝ることはこのお話のテーマです。

背景の丸い光はどうもルーフの恋心をあらわすもよう。一目ボレだったのです。


いきなり相思相愛です。

友人ではなく恋人だということ。よくあるテクニックの一つです。ルーフは女の子に会ったことがありませんでした。エーディンもでしょう。

ここまでは子供の恋。


タペストリーの右の山腹が
表紙の光景だとおもわれます。

鍾乳洞の死体を食べると不死になります(毒では死にます)。不死になった男が教会に入り、やがて主教になりました。「それを化け物が守っていて」は、主教が鍾乳洞の秘密を守っているという意味です。

このまんがでは「空のむこうに行く」は死ぬことです。不死の化け物は生死を越えているという意味でしょう。「行ける」ではなく「行けるくらいの魔力がある」と言わせるのはよくあるテクニックです

女の子に免疫のないルーフが、エーディンのロリ乳に欲情しました。小さくてたくさんある光はセックスの隠喩です。

お医者さんゴッコへゴーです。エーディンも乗り気。

お医者さんゴッコのルーフ国王は医術に大きな興味があるのです。

「原材料ではなく薬になったもの」はエーディンの死体のことで、庭に持ち込むとはセックスすることのようです。

これは教会の庭です。城の中庭というのはお医者さんゴッコをした庭です。

主教はシトゥラを鍾乳洞で死体にします。それが特効成分になるようです。

一緒のフトンはもう知ってるという意味です。お医者さんゴッコから前進しました。照れ具合から間違いない。

ルーフは国王ですが、シトゥラの役割を知りません。

前王も知りませんでした。風土病が急に増えたのはシトゥラの死体を用意できなかったからです。

エーディンは信仰の人です。あとで背いて不死になろうとするのですが。

このしきたりではあっというまに家系が途絶えてしまいます。そうならないためには塔に入る前に身ごもる必要があります。主教も何百年も生きているということです。初代シトゥラは主教の娘でしょう。セックスの確実は証拠はここだけです。それを性欲と結び付けるためにはロリセンサーが必要です。

シトゥラは鍾乳洞で死体にされますが、秘密を守るため生きていることにされ、葬式をしてもらえません。

シトゥラは身ごもってから塔に入り、そこで産んだ子をつぎのシトゥラにします。背景の光はルーフの恋心です。

シトゥラを廃止させようとしに行きます。

教会はシトゥラを鍾乳洞に連れて行って置き去りにしますが、そこまでしか知りません。死体となったシトゥラの薬効が川に流れ、国民は知らずに川の水を飲みます。主教とシトゥラだけがそのカラクリを知っているようです。
この川です。

ルーフにとっては生き別れだが、エーディンにとっては死だということです。

ダグザはふたりが恋仲だということを知っています。
ここで気づきました。

ここでは「空のむこうに行く」は不可能事の意味しかありません。


「伝説には必ず真実が隠されている」隠されている真実は、鍾乳洞から生還したのが主教だということです。中で飢えて死体を食べ、不死になりました。そんなバチあたりなことをしたのは主教だけだったのです。「不死とまでは言いませんが」毒で死にます。

主教はルーフ自らが鍾乳洞に行くと踏んでいます。もし出てこられたとしても、そこで殺すつもりです。

なぜ洞窟にせず鍾乳洞にしたかはあたりまえではないのです。

エーディンは鍾乳洞のなかでふたりそろって不死になり、永遠にセックスするつもりです。

どうも鍾乳洞は膣の隠喩で、安全な鍾乳洞は自分のことで、危険な鍾乳洞は他の女のことのようです。


入口の木に糸を結んだのだから、糸を切れば端っこが残ったままです。糸を切ったのはエーディンです。

エーディンは鍾乳洞から出るつもりはありません。


自分の役割を思い出しました。
エーディンははじめからシトゥラの務めを知っていました。主教に教えられたのです。人やシトゥラとして生きることが信仰であり、エーディンはそれに背くつもりです。「それは…」は感情表現というより手がかりのためのコマです。

とぼけて「何でしょう」と言っています。こうもりの死体はエーディンが拾って隠し持っていたのでしょう。結晶には死体を保存し薬に変えるはたらきがあり、シュトラは一人で鍾乳洞に入ってここで死にます。

こうもりの死体で不死になってセックス三昧のつもりだったのですが

ルーフはだまっていただけで、だましたつもりはありません。

目論見が外れて激おこのエーディン。

これはハッタリです。エーディンは主教の話を立ち聞きしていたので、教会の手の者だと知っています。

このまんがは信仰に背くこと=不死になることがテーマなのです。

不死になった主教は信仰の道に入り、自分の娘を初代シトゥラにしました。歴代はみな彼の子孫です。エーディンはルーフとともに不死になることを望み、信仰に背きました。



鍾乳洞の秘密を知っているのは主教とシトゥラだけで、シトゥラは塔に入るから主教が死ねば秘密は守れるはずでした。
しかしルーフはこうもりの死体を見ていたため、かえって悟らせてしまいました。
ルーフは頭がいいのです。

ダグザは怪しいが、話にはほとんど絡みません。
ここは毒で死ぬことをアピールし、読者を不死から遠ざけようとするカモフラージュです。

またエーディンに欲情します。

教会は遠くにあるので、これはお医者さんゴッコの城の庭です。
ロリ胸無罪に発情したときに行った庭です。
これは教会の庭です。ひっかけです。

この「空のむこうには行けないのか…」は、たんに不可能事のことです。

エーディンは不死になってまでルーフとセックスしたい一緒にいたいのです。それがエーディンの欲=支配です。

出会って1秒でお医者さんゴッコをした庭で、このあとめちゃくちゃセックスした。
ちゃんとお医者さんゴッコの繰り返しになっています。

ルーフが立っているのは表紙でエーディンが立っているのとすぐ近くのようです。結晶のはたらきは推測することしかできません。
離れ離れになってからも、ふたりはニアミスしていたのです。神に見放されたのでしょう。

なぜなら欲=支配の旺盛なルーフはエーディンの死体を食べていたからです。
もちろん食べる前に生きてるような死体とめちゃくちゃ死姦しました。
佐川君もしたのです。この場面の「空のむこうへ行く」は死ぬことです。ルーフは早く死にたいのです。
『スノウ』も欲=支配の話です。
遠藤先生は犬っちが知っている作家でいちばんの鬼畜です。


