わたし達の中に 生命があふれてる

犬好きで重なる勇気は最強なんだから

テッド・チャン『デイシー式全自動ナニー』は自分は絶対悪くないのです

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理想的なナースメイド

He struggled visibly to contain his emotion at seeing what he had wrought in pursuit of his father's vision: a child so wedded to machines that he could not acknowledge another human being. I heard him whisper, "I'm sorry, Father."

"I'm sure your father would understand that your intentions were good," I said.

“You misunderstand me, Dr. Lambshead. Were I any other scientist, my efforts to confirm his thesis would have been a testament to his influence, no matter what my results. But because I am Reginald Dacey’s son, I have disproved his thesis twice over, because my entire life has been a demonstration of the impact a father’s attention can have on his son.”

父親のヴィジョンを追い求める過程で自分が生み出したもの--他の人間を認識できないほど深くマシンと結びついた子ども--を目のあたりにして、ライオネルがあふれだしそうな感情を必死に押さえていることは傍目にも明らかだった。彼がこう囁くのが聞こえた。「ごめん、父さん」

「あなたの行動が善意に基づいていたことは、もちろんお父さんもわかってくれますよ」と私は言った。

「それは誤解だ、ラムズヘッド博士。もし私が他の科学者だったら、彼の主張の正しさを証明しようとする努力は、その結果のいかんにかかわらず、彼の影響力の大きさを示す証拠になったかもしれ ない。しかし、私 がレジナルド・デイシーの息子である以上、私は彼の主張を二度にわたって論破したことになる。というのも、私の全人生が、父親の関心が息子に対して与えた影響の大きさの証拠になるからだ」

 〇ビが直訳すると

しかし、わたしはレジナルド・デイシーの息子だから、彼のテーゼを二度も論駁してしまった。なぜならわたしの全人生が、父親の世話というものが息子に与えうる影響を実地で見せてきたからだ。

なのです。父親が子育てをナニーにまかせるとライオネルのように育つし、全自動ナニーにさせると異母兄弟のエドマンドのようになるのです。

『子どもたちは罪深く生まれるのではない。われわれが世話を委ねた者たちの影響によって罪深く育つのだ』

『まっとうな子育ては、まっとうな子どもをつくる』

このデイシーの子育て哲学の二つともを論駁したことを、「彼のテーゼを二度も論駁してしまった」と言っているのです。前者には、ナニーに育てられたけど自分は罪深くない、テーゼは間違っていると言っているのです。後者の原文はこうなのです。

“Rational child-rearing will lead to rational children.”

Rational child-rearingのrationalは「合理的な」という意味なのです。rational childは「分別のある子供」なのです。こちらには、自分は合理的な子育てをした、失敗したのは自分のせいではない、テーゼが間違っていると言っているのです。

ところがあるとき、ナニー・ギブスンは日常的に少年を打擲し、罰としてグレゴリーズ・パウダー(ひどい味のする強力な下剤)を飲ませていると知って、デイシーはショックを受けた。

ライオネルのこの性格はたぶんナニー・ギブスンのせいなのです。結局デイシーのテーゼは正しかったのです。