わたし達の中に 生命があふれてる

犬好きで重なる勇気は最強なんだから

ロラン・バルト『<作者>の死』全訳

(大改稿中)

〇ビっちはおフランス語が読めないので、底本はアスペンの英訳

 

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> In his story Sarrasine, Balzac, speaking of a castrato disguised as a woman, writes this sentence:
バルザックは小説『サラジーヌ』で、女のフリをしたあるカストラートについて言い、こんな文を書いている:

 

> "It was Woman, with her sudden fears, her irrational whims, her instinctive fears, her unprovoked bravado, her daring and her delicious delicacy of feeling"
「それは<女>だった。女の突然の不安、女の不合理なむら気、女の本能的な怖れ、女のいわれのない虚勢、女の大胆をそなえ、女の感覚は美味なるごちそうを出すことができた」

 

> Who is speaking in this way?
だれがこんなふうに言ってるのか?

 

> Is it the story's hero, concerned to ignore the castrato concealed beneath the woman?
それは物語のヒーローか?やつはその女に隠されたカストラートを無視しようとしている。

 

> Is it the man Balzac, endowed by his personal experience with a philosophy of Woman?
それは男バルザックか?やつは<女>の哲学との、個人的な経験で才能を与えられた。

 

> Is it the author Balzac, professing certain "literary" ideas of femininity?
それは著者バルザックか?やつは女性の本質について、割れていない「文学的な」アイデアを書いて出しはしたが。

 

> Is it universal wisdom?
それは万能な知恵か?

 

> or romantic psychology?
それともロマンチックなだけの心理学か?

 

> It will always be impossible to know, for the good reason
それはどうにもしようがないやつだ。なぜなら

 

> that all writing is itself this special voice, consisting of several indiscernible voices,
すべての書かれたものは、ひとつひとつはこれら特別性のレシピだが、それはいくつもあり、どれもはっきり分かれていないから。

 

> and that literature is precisely the invention of this voice, to which we cannot assign a specific origin:
そして文学はただしくこのレシピの発見で、われわれはそれに聖なる力の起源をしるすことなどできないから:

 

> literature is that neuter, that composite, that oblique into which every subject escapes,
文学はあの中性、あのかたく結んだつぼみ、あのナナメ切りであり、あらゆるサブジェクトがそこにいってしまう。

 

> the trap where all identity is lost,
文学はすべてのアイデンティティが耽る口であり、

 

> beginning with the very identity of the body that writes.
それを書く身体のまさにアイデンティティで始まる。

 

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(加筆中)