わたし達の中に 生命があふれてる

犬好きで重なる勇気は最強なんだから

テッド・チャン「バビロンの塔」「理解」「あなたの人生の物語」「地獄とは神の不在なり」本当はこんな話なのです

引用は原文とハヤカワ文庫「あなたの人生の物語」からなのです。

バビロンの塔

何世紀にもわたる人間の労働は、天地創造についてこれまで人間が知っていた以上のことを、なにひとつ明らかにしなかった。しかし、その努力のおかげで、人間たちはヤハウェの御業の想像を絶した芸術性をかいま見、この世界がどれほど巧妙に作られているかを知ることができたのだ。塔の建設によって、ヤハウェの御業は示され、ヤハウェの御業は隠された。

塔を作って登って下から出てきても、なにも新しいことは明らかにはならなかったということなのです。

だが、そこである考えがうかんだ--そうか、円筒紋章だ。軟らかな粘土板の上で彫刻された円筒をころがすと、円筒がそこに残した跡はひとつの絵になる。粘土板の上では、ふたりの人物がその両端にいるように見えても、円筒の表面では横にくっついて並んでいる。全世界はその円筒とおなじなのだ。人間は天と地が粘土板の両端にあり、そのあいだに空と星ぼしがならんでいると考えている。しかし、この世界は、天と地が接するように、ある玄妙なやりかたで丸く巻かれているのだ。

(・3・)あるぇ~?世界が巻かれ天地がくっついているという新発見をしたのです。

And then it came to to him: a seal cylinder. When rolled upoon a tablet of soft clay, the carved cylinder left an imprint that formed a picture. Two figures might appear at opposite ends of the tablet, thought they stood side by side on the surface of the cylinder. All the world was as such a cylinder. Men imagined heaven and earth as being at the ends of a tablet, with sky and stars stretched between; yet the world was wrapped around in some fantastic way so that heaven and earth touched.

訳者が冠詞と時制を勝手に変えていたのです。原文では思い出した円筒がまさに天地創造したのです。この世界の聖書に書いてあったのです。円筒印章は古代バビロニアで使われていたハンコだが、神様もそれを使って天地創造して人間と契約したのです。これなら新しいことはなにも明らかにならないのです。どうでもいいがfigure図形なのです。

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理解

 [自分は聖人だと主張する気はない]

ただの救世主というわけか。

 レイノルズは自分はだと主張するのです。最後の文なのです。

I comprehend the Word, and the means by which it operates, and so I dissolve.

公手訳は

わたしはその"ことば"を、そしてそれによって操作される意味を了解し、かくしてわたしは崩壊する。

単純な誤訳なのです。

わたしは"ことば"と、それがはたらく方法を了解し、そしてわたしは解消する。

 が正しいのです。meansに「意味」という意味はないのです。公手氏はbyを見落としてしまい、適当につじつまを合わせたのです。the Wordは聖書の

In the beginning was the Word, and the Word was with God, and the Word was God.

「はじめにことばがあった」の「ことば」なので「その」とかつけてはいけないのです。comprehendは「過程の理解」なのです。understandは「結果の理解」なのです。だからこの文は

I understand the Word, and so I dissolve.

と言い換えられるのです。「"ことば"の意味meaningを理解する」というダジャレになっているのです。公手訳では題名とレイノルズのセリフのどちらもunderstandが「理解」と訳されていますが、understandには名詞の意味はないし、レイノルズのセリフは命令なので「理解せよ」がいいのです。dissolveは「崩壊」以外に「関係の解消」という意味もあるので、神の"ことば"を理解した結果としてどちらをとるのかは読者しだいなのです。

comprehendしてunderstandすると得られるのはリアリティなのです。厨な見かけですが神学的リアリティを描いた小説なのです。

あなたの人生の物語

そもそものはじめから、わたしは自分の運命を知っていたし、当然のものとしてそのルートを選びもした。けれど、わたしがめざしているのは歓喜の極致なのか、それとも苦痛の極致なのか?わたしは最小と最大のどちらを成就するのだろうか? 

ルイーズは自由意志を失っているのです。自由意志を失った人間は天国と地獄のどちらかに行くことはわかっているのですが、どちらに行くのかはわからないのです。これは「地獄とは神の不在なり」「われわれに期待したもの」とおなじテーマなのです。なぜなら神様は情報をくれないのです。

その後の分析で、ルッキンググラスはたんなる石英ガラスの板であるにすぎす、化学的にはまったく不活性であることが明らかになった。最後の交換セッションで得られた情報は新種の超伝導素材を記述するものだったが、のちになって、日本で達成されたばかりの研究成果の複写であることが判明した。いまだ人類が知らないというものではなかったのだ。

ヘプタポッドも神様だから情報をくれないのです。

ヘプタポッドたちの場合、言葉はすべて遂行文だ。"それら"は伝達のために言語を用いるのではなく、現実化するために言語を用いる。どんな対話においてもそこで言われることをヘプタポッドたちがすでに知っているのはたしかだが、その知識が真実であるためには現に対話がなされなくてはならないのだ。

ルイーズのことばもすべて遂行文なのです。つまり彼女は娘が死ぬことを現実化させるためにことばを用いているのです。


映画「メッセージ」のルイーズはただの予知能力者であり、自由意志で娘を産むことを決めたのです。しかし自由意志と予知能力が両立するとすれば、たとえば自分が一年後に子供を轢き殺すこと、それが避けられないことを予知したらどうなるのです。普通の人は耐えられないのです。テッド・チャンもルイーズのようになるか無動無言症になるかしかないと言っているのです。『息吹』のあとがきのインタビューより

「あなたの人生の物語」の語り手は、ある精神状態に到達し、この問題に対してひとつのありうべき答えを出す。もうひとつのありうべき精神状態は、「予期される未来」で書いたような無動無言症だ。ほかにどういう解決があるのか、僕にはわからない。いや、もうひとつあるか。未来についての情報を得たとたん、それ以降、悪いことはなにひとつ起こらなくなる(笑)。だれも怪我をしないし、だれも悲しい思いをしないし、だれも死なない……。

この映画はそれを隠蔽するため、ルイーズが責任を感じる事故ではなく、娘は幼いうちにやむをえず病死するよう変えられたのです。恐るべき欺瞞なのです。断じて許せないのです。「ルイーズはすでに自由意志を失っていた」という可能性はないのです。なぜなら彼女のことばはすべて遂行的になり、夫になにかを聞いたりはしないのです。

地獄とは神の不在なり

ウィキペディアから堕天使

自由な意思によるもの

神はもともと天使を自分自身を尊重させるために創造したとされるが、彼らの中にその指針に反する自由な意志を持つものがいたという。実はそれも神自身が考案したもので、反する天使たちには自発的に自分を崇めさせるという試みがあった。なぜなら、神は無の心中から自分自身への愛情を芽生えさせることに真価を見出したからである。だが、自由な意思を持つ天使たちに自分から従おうとする服従心など無かった。結果として、彼らは天界から追放され地上まで堕ちた天使は人間に、またさらに深く堕ちた天使は悪魔になった。その筆頭に数えられるのがアザゼルであるが、彼は地上降臨時に人間の女性と契りを結び、英雄や巨人ネフィリムを産ませた。なおかつ人間に天上の知識を授けるまでに至った。神は彼らの天使としての地位を剥奪し、アザゼルらは堕天使となった。

ちなみに、この説によれば人間は天使になれるとされ、悪魔は天使に戻れるとされている。

 天使が自由意志を持ったために堕落したのが堕天使だという説があるのです。

On the occasions they appeared, people would ask them questions: Did they know God's intentions? Why had they rebelled? The fallen angeles' reply was always the same: Decide yourselves. That is what we did. We advise you to do the same.

この小説の堕天使はまさにそうなのです。

堕天使が現れる際に、人は質問を投げかけることがよくあった--あなたたちは神の御意志をご存じなのか?なぜ反抗したのか?堕天使たちの回答はいつもおなじだった--『みずから決めるがいい。それがわれわれのおこなっていることだ。おまえたちもおなじようにするがいい』

古沢訳は時制を勝手に変えたからこのことがわからなくなったのです。この堕天使は人々に自由意志を持つことで地獄に落ちるよう勧めているのです。

For most of its inhabitants, Hell is not that different from Earth:

地獄の住民の大半にとって、地獄は地球とそれほど違っているものではない。

 地上なのです。いったいなにを考えているのです。

Neil even knows that by being beyond God’s awareness, he is not loved by God in return. This doesn’t affect his feelings either, because unconditional love asks nothing, not even that it be returned.

And though it’s been many years that he has been in Hell, beyond the awareness of God, he loves Him still. That is the nature of true devotion.

ニールは神に意識されていないことで、自分が神に愛されていないことすら知っていた。そのことニールの感情に影響を与えていなかった。なぜなら、無条件の愛はなにも求めないからだ。たとえ報われることすらなくとも

そして、神に意識されることなく、長い年月地獄に暮らしてきたいまも、ニールは依然として神を愛している。それが真の信仰の姿なのである。

神の愛を疑う信仰者がいったいどこにいるのです!ニールは神の愛を信じているのです。地獄にいて神様の目が届かないのに神様は自分を愛してくださっているから、神の愛は信仰の報いではないという意味なのです。eitherは理性と感情の両方という意味なのです。〇ビ訳

ニールは神の御目の届かぬところにいるため、神は信仰の報いで自分を愛されているのではないことさえ知っている。このことは彼の気持ちにも影響しない。無条件の愛はなにも求めないからだ。その愛に報いがあるのかどうかすらも

そして、地獄に落ちて何年もたつにもかかわらず、神の御目の届かぬところでニールは神を愛しつづけている。それが真の信仰の姿なのである。

要するににわれわれの世界の信仰者とおなじなのです。

この小説の地獄は自由意志の世界、天国は自由意志のない、なにもかも神が決めた必然の世界なのです。

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(堕)天使が自由意志を持ったのも神が決めたことなのです。地上はそのあいだの偶然の世界で、住民は右往左往しているのです。自由意志のはたらきは偶然の中から必然の選択をすることなのです。

ニールにとって、謎は解けた。生きていくなかでのあらゆることが愛であり、苦しみですら、いやむしろ苦しみこそ愛であることがわかったからだ。

ゆえに、数分後、ついにニールが失血死したとき、彼は真に救済されるに値する資格を得た。

しかし、ともかく、神はニールを地獄へ落とした。

神はニールを地獄に落とすことで「苦しみこそ愛」をしめされたのです。ニールもそれを選び取ったのです。彼は神秘的合一の必然で地獄に落ちたのです。アーメンなのです。